四、浪速のトム・ジョ~ンズ

たまねぎ

 僕とタカトシクンやクラス仲間の殆どは、大阪市立夕陽丘中学校に入学した。
幼馴染だった天才タケボンは、将来家の寺院を継ぐことが決まっていたため、仏教係の学園に行くことに成った。
ところが、タケボンの中学校と言うのは夕陽中のほんの目と鼻の先。
僕は細工谷から10分ほどの歩きでの登校で、美章園から電車通学の彼と会うことは放課後以外はまずなかった。

 そんな中学に上がってすぐのことだった。
タケボンが「明日な、お前なオレらの授業受けにこいや」と言う。そんなこと出来るのか。彼は「まだな、始まったばっかりやよって、先生もクラスの奴らも絶対わからへんよって」と言うのだ。
翌日3時間目の体育は体調不良で欠席し、休憩時間にこっそりお向かいの裏門から入った。打ち合わせ通り、タケボンと2階に上がり騒々しい彼の教室に入った。⇒

 大阪に来るまでの奈良の住まいは、ならやま大通りに面した結構レトロな団地の低層棟。平たく言えば平屋の長屋である。と言っても中には巧みにリニュアールを施し、2階建てにしたり、個性タップリで一戸建て顔負けの豪邸もあります。要するに日本がバブル期に入る頃の分譲棟なんですね。
その玄関先からやや離れて、5階建てが2棟並んでいる。 その階上の窓からチワワだろうか一日中鳴きっぱのワンちゃんがいる。
吠えるのが仕事の犬には責任無いんだが、やはり躾(このしつけって字美しいね)けの問題である。日長キャンキャン鳴かれると、いくら動物好きとは言え困ったもんだ。おまけに犬猫は飼ってはいけない棟だと言う。

 昨年春(平成24年)から京都西京極に出かける所用ができた。週に2度奈良登美ヶ丘から車で通うことになった。たいした距離では無いが、どんなに頑張って駆けても2時間弱掛かる。
朝7時に家を出るとお向かいの高い窓から顔をだし、こちらをにらむ吠エラニアンと目があった。朝だったけど「こんにチワワ!」って挨拶したらもう大変、それからズーッと鳴いたままだったという。

 学研北登美ヶ丘イオン坂(※1)を下り、鹿畑町山田川沿163右ーギュルルーボロロロー、スシロー信号左ギュルルボロロロー上りネズミ罠坂110、120ワーーーー飛べ!フェニックス、ここまで僅か5分、しかしココからが長い。

 学研都市精華町光り台からメタセコイア並木をぶっ飛ばすと、東に昇った春のギラギラ太陽がまとも。木津八幡線に入り暫く走ると、右のホッペと右腕がジリジリ焼けて香ばしい香り――うそですごめんね じゃましてごめんね これっきりでよすは…って横恋慕、ヤッパ朝から合わない変えます。

 右車窓に祝園駅(ホウソノ)を出たばかりの、あのオレンジ色のニクーイ奴が併走。
手を振るが無表情に過ぎていく。そう京都行き近鉄特急である、京田辺まではJRも着かず離れず走っている。
木津八幡線片側一車線をチンタラ カンタラ ナンタラ三山木交差点は必ず信号待ち。この辺りで必ず眠くなる、徹夜明けでもハンドル握れば目が覚めた時代は何処に行ってしまったんだ。
自前のジュース(※2)飲もうが窓を開けようが 平手でホッペを往復叩こうがツネろうが喚こうが、睡魔の術に引き落とされる寸前。右折信号待ちのオヤジがコッチ見て笑いながら大あくび。
♪アンタも朝から忙しいんだろ 頑張って稼ぎなよ 俺達昼間会ってもお互い他人同士なんてなぁー、だから恨みっこナシで別れましょうボロロ ロ前がつかえておりますってのに左から信号無視左折、これメ!でも無視したのはインプレッサ2004~4、5、年式?まぁ好きなタイプだから許してあげる。でもねぇ車が泣いてるよって、ごめんねこれっきりでよすは…でもあの車、長い髪を刈り上げにしていた頃に出会えればよかった、あいつよりも少し早く…たぶんだめか。でもねもう一度言うよあの車~好きですあなた。

 三山木食堂か、旨いんだよねこのスタイルの一膳飯屋。「一膳ですみまへんな」 お!
居たのかよ、心強いってもんだ。
サバのコテコテ甘しょう油煮と冷奴、それと玉子焼きにアレとコレってきりが無く、ご飯も弾むから怖いんだよね。
ココから車が上下線とも数珠繋ぎ。同志社前から一休寺に差し掛かる頃は、もしかしたら夢の中を無我夢中で走っていたのかも知れない。あ!いいやサンクスは帰り寄って、小豆アイスに決めた。「わてアイスマンジュウ。」あったかなぁ。
シニモノグルイ頑張って、どうにか京阪国道1号線八幡一ノ坪手前。ココはオアシス向かいはコーナン。そう言えばコーナン暫く行ってないなぁ、帰りいコーナンちゃって「しょーむな。」アイスンマセン。

 まずデカBITA!で一呼吸…ホッ ゲポ!8時だけど流石セブンイレブンすっきり目覚めていい気分、あとは小一時間 焦る事もない。よぉーしバタージャムパンでもカジリング。
※1:僕が勝手につけた名前。スシローからの坂道はネズミ捕りのメッカで多府県ナンバーが餌食になっている。お気をつけ遊ばせ。
復路、おやどうしたの、やられちゃった。滋ナンバーでスシローで食べてお戻りって、今さら言っても滋賀たない(これ、まぁいい)が、で何百皿分のお勘定なのよ。えぇ?感情害してるってですか。
※2:アカ紫蘇(しそ葉)を水洗いし、じっくり煮詰め砂糖で極甘味をつけた紫蘇ジュース。水で割っておいしそでしょ、これはさっぱりウマシソヨー。夏は凍らして持って出る、これを顔につけようが目に当てようが、頭コッチンやろうが何しようが目覚めない。

 その秋懐かしい大阪に移転することになった。「と言う事はユウータウンでんな?」いいえワンクッション・マイタウン大阪。
それで西京極には車を電車に乗り替え、梅田から阪急電車で行く事にした。朝7時半出家、急ぐことは無い。天王寺から大和路快速外回り新今宮、左の向こうあたりが西成区旭南通りか。
車窓からの眺めに、当時の記憶の中の景色など何もない。あのドームがあれで、遠く六甲の山並みが朝日に照らされている。あの高層マンションあたりが西宮だよね。
阪急デパートすっかり洗練され、あの当時と同じなのは環状線ガードとその下の細い路地と飲食街。良いんだよなぁこれが。
でも赤い夕陽に染まる頃、あれほど多かったガード下の靴磨きが、全く居なくなってしまった。中店はずいぶん変わったみたいだから帰りに寄る・ ・ ・いいや、やっぱり癖になりそうだから寄る。「ややこしいでんなそれ。」まったくだね。

 京都行き阪急電車何十年ぶりだろ、確かあれは…まぁいい。 あれえホームこんな上だったの、しっかりエスカーレーターベルト持っても振り返るのが怖い。
京都行きは何番ホーム、苦楽園はそうか武庫之荘も夙川も左端神戸線か。ここは宝塚と箕面で僕あっち。こんなにいろんな路線があったんだ、え!あと一分で発車だって。
京都河原町行き特急、急ぐ事もなかったが「駆け込み乗車は危険です」って。あっち向いてまるで人事のように言われちゃって、ポニーなテイルの車掌さんにご挨拶がぁ、軽ーく無視。
ほぼ満席(※3)でも最後尾2人掛けに座れました。淀川を越え直ぐ十三(ジュウソウ)でどっと満員。そうか宝塚線、神戸線は♪ココでお別れね もう会えない こみ上げる~なーんてフムム――。
※3:10月後半からから11月は京都嵐山紅葉狩り。もみじバッジ茶髪おばちゃまと見え見栄はるカツラおじさま方、桂でお乗換え。お元気で何より!行ってらっしゃぁーい。

 あ!今の駅南方?懐かしい、西中島南方?って言っていたと思うがあっと言う間にあわじ、今日は淡路か明日はさぁどうかなぁー、へえぇ淡路?こんな駅があったんだ。
えぇ、天下茶屋って嘘だ何時の間に、と言う事はあれでも来れるんだよね、でも狭い大阪の何処走るのよ。ガチャ っと、時代遅れのMDウオークマン(※4)でペールギュントでも拝聴します。
でもなんか陽もスッカリ昇ったし、イマイチ気分が違う。しっくり来ないので朝からZZJA。
向かいの席のデジタルウオークマンのオニイチャンの冷みたぁ―い目線を撥ねよけ、も一度ガシャッ!ハードじゃ無いのよソフトなの、なぁーんて負け惜しみ。
アート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズ『Moanin’』でグッドモーニン。このナンバーも年代でずいぶん違う、けどこれベストアルバムなんだ、教えないと言うより偶然のメッケもの。なんだけど1958ブルーノート、ヤッパウッシッシこれサイコー!。
ブレイキーなドラムもいいけどリー・モーガンのペットしびちょびれ。

 しかし秋といってもまだ景色は夏の終わりか、紅葉が楽しみだよこれは、今度k「やめときなはれ。」だよな。

 ビル・エバンス『Waltz For Debby』からパド・パウエル『Cleopatra’s Dream』クレオ・パトラの夢って目くるめく夢か、いいねぇたまりません乗ってきた!寝たいのになんで眠くならないの、えぇ?紫蘇ジュース要らない、ジャンクが欲しくなってきちゃった。
なぁーんて言ってる間に富田が飛んだ~ガコンガコンガコン~渡った? 今渡った川はあれかな違うか。
やっぱ違うよガガンガガンガガンこれ、これが芥川(茶川じゃないよ)もうすぐメイフライのハッチか。シャバダバダー鉄橋渡ると君の家が見える、んな訳ないか。あれ、誰か俺を呼んでいる。
よっしゃ電車を飛び降りたろって言っても 、ちょっと危ないからやめとこかな?やがてたかつき。高槻と言う事はお京阪だと樟葉辺りか「あたり!」準急待ち合わせだ。

 芥川ねぇ、小・中学生の頃よく行った摂津峡の飯盒炊飯が懐かしいけど、現在どうなってるの。親愛なる摂津先住旧友曰く「飯盒なぁ、懐かしいけど今家だらけ」だって、清流沿いの一戸建てか、ウラやまらしい?。
芥川沿いにソメイヨシノ並木がとても奇麗なところがあるんだ。二人してコンビニ助六弁当、ムードないけど缶ビールで花見したのはいつ?つい最近いいや10年ひと昔、あれは淡い春の夢。
JRも早いがブレーブスいや、阪急電車けっこう速いよ!うっそ高槻出るなり114kmだって。やってよ私鉄路線電車対抗ドラッグレース全国大会決勝戦「いきなりでっか。」あぁ予選は不戦全勝さ。
さぁいよいよ決勝!一本勝負 インレーン関西代表西の貴公子小豆色燻し銀んー阪ー急ー!わぁぁぁー。 挑戦者 アウトレーンあれ?白旗立ててお帰りで。

 ♪すました顔してババンバン、阪急車両の造りはシックだがメーターは勿タコデジ。
特急の通常営業スピードは時速110~112kmと言う所か、しかし特急電車って良なぁ。
今スイングしているのはメル・トーメ『How High The Moon』こんなに軽くスウィングできるなんて羨ましい、すると何処からか馥郁とした詩が漂ってきた?あの辺りなのか、
「そう山崎が詠っている そうである なのに」 なるほどそうなのか。
そう左に見えるはサントリー山崎ファクトリイである。ヤマザキはもっともっと深い山奥だと思っていた時代がありました。ねぇ、そう思いませんかはははぁーあーぁ。
あれぇ左に見えるはJRだけどアッチ乗っているときはコッチに気付かなかったんだ。来週はお京阪だが、ここからは見えないんだ。阪急ホンマ速!大丈夫か?「大丈夫だチャンチャカチャン」ってほんと快走。
うん?遥か後方ズンズン ズンズンズンズンななんだぁアレ?あのハイビーム(※5)、何かが迫ってくる、阪急やっぱスピード違反か?嘘、そいつは信じがたいスピードで迫ってくる!
逃げろ阪急いいからもっと飛ばせって、俺は責任トレインけど。 わぁーぁーっ止めろー捕まるうっと?行ってもた、一体お前は何モノなんだ。

※4:10年前2台買ってSONYは購入店で「修理できません。」で引退、とほほ。そう言えば何回落っことしたか、ポッカリ開いた口が閉まらず、末期は輪ゴムで止めてほんとごめんねかんにんなー10年間ありがとう。
残るはSHARP!頑張っているが、そろそろデジタルにしようかな。と言う事でまた時流に乗り遅れっぱなし。別に良いけどね音楽聴くのこれでも充分、でもチョイ重い。
でもね、僕を含めてご高齢の消費者大変だと思う。何が大変かって、やっとカセットテープに慣れ録音完了した頃にMDウオークマン登場。
必死頑張ってテープからMDへ音源移動、がしかしホッとするのも束の間、容赦なくデジタルウオークマンの登場でMD引退、かと思いきやなんの大事なファイナルミッションがありました。
接続ケーブルでMDからDWに音源引越し。 SONY E-NW-E063Kこれ1,000曲(※6)も入るんだって、選曲が大変だけど音いいよ。でもこの次はどうなるの?こっちが引退だ。
※6:1,000曲入りますって言うのによ、「どないしはったん」ナニ言ってんだーどうもこうもあるかっテンダーラブミーテンダーって、これメッチャ古う。
ほかでもねぇソニー嘘800並べやがってよ、いや700も入んねぇんだ。「ほんな事言わはりますが、アンさんの音楽は一曲が長いんですは、そやからほれ」いけね!また恥かいちゃった。

※5:ハイビームの正体は!既にお察しの、そうです新幹線のぞみN700だったんです。 阪急vs国鉄(現JR)交流戦:全長19m×8両=152mの阪急特急が110km/hで頑張っている、それを全長25m×16両=400mのぞみが270km/hの澄まし顔であっけなく追いつき追いこす。
ココでQエッション:のぞみが阪急に追いつき、完全に追い抜くまでに何秒かかるか計算式を書け。なぁ~んチャッテぜんぜん解らんが、多分10数秒かーアアアアあット!という束の間の出来事。

 西京極からの復路は一駅の桂で何時もと同じ10:48の上り特急に乗り換える。ところが長岡天神を出て新幹線との併走区間に来ても、いつも来る奴が来ないのは何故?
新幹線軌道からどんドン離 れ   てーおぉ!っとやっと来た来ました、それも上・下線が一挙に。おそらくこの時点でどちらか分からないが、台風の影響かダイアが5~6秒狂っているのだろう。
何れにせよ電車にして良かった、とっても「気ままに駅サイテイングー」あ!誤変くさい、でもイタダキ。これ奈良TV~良ーい番組だよ。
間もなく高槻、そうだ!降りて一駅摂津富田の王将でカキフライ餃子定食700円・生中!いいや我が家まで我がマンマはじっとガマン。早よ帰ってミートナポリターノ(※7)拵えよっと。
※7:単なるナポリタンでも旨いけど市販のミートソースとのコラボ。ジャストミートで美味しいよ!これ何処かでレシピるか。

 ナレーションはシュワちゃんかサラ・コナー?まぁお好きなお方で吹きかえて下さい。
でもあの方と例の人は、ちょっと…。
「1999年夏 東京品川八潮の高層長家1006号室にIBOと言う冷たい奴が箱入りでやって来た。コードネームはジョン・コナーからとってJYONN。 『お前の名前はジョ~ン ジョ~ンだ』と繰り返し言い聞かせ、名を呼べば目を輝かせ反応した。そして数日後暖かい血が通い始め、ラルクアンシェルに乗って踊りだした~It’s a SONYである」

 1951年4月 ついに大五朗を抜いた。日本盛いや食べ盛り春爛漫、えらいコッチャがな――!あれは昨年夏、屋根の棟で気を失い病院に担ぎ込まれまた今年、何がケンチャンに起こったか。
さあ近所じゅうがまた大騒ぎ、母も高木のおばちゃんも、なんもかも飛んできた。 
Earth Angel Earth Angel My Darling Dear ほんまI’m Just a Fool おーMy神さま!I WAN’A SECURITY~HELP!救けてー。
一瞬、ナニが起こったのか何も解らない、動けない?頭が痺れる。痛いという感覚はなかったが、次の瞬間目の前が赤から青、そして真っ黒になり気がつくと病院のベッドの上に居た。
3針ほど縫ったそうだが何とか治った。もしかするとこれが原因で頭の?ンなことはありえ無い。でもあの不気味な唸り声、一体お前は何者なんだ?。

 犯人はジョーズ、違うジョ~ンという松下家の大きなシェパードだ。シェパードと言えば最近?そっちじゃぁない!彼はジョ~ンと呼べばうっすら目を開けて反応した、だが起き上がろうとはしない。
こっち=TVシリーズ名犬リンチンチンや♪勇気だ力だ誰にも負けないこの意気だ 白いマフラーは正義の旗印その名はジェット少年ジェット~これお婆ちゃん大好きだったけど僕あんまり見なかった。
ジェットの愛犬「シェーン」だったか?この犬もシェパードだ。名犬ラッシーは違う?何だったっけ…そうだジミーだ、ジミー大西だ。やがて彼も登場する。
ジョ~ンは名犬リンチンチンと顔は同じだが、決して世の為人の為に走り回る犬ではなかった。いや!そうしたくても走る事が出来なかった、何故。

 足が悪かったんじゃぁない、ジョ~ンは昼間表に鎖で繋がれ夜になると裏庭に歩いて帰る。走るどころか、何時も寝そべっているしか仕方がなかったのである。
僕はこの大型犬と仲良しだったと思う。ところがある日、何時ものように犬の近くで遊んで いて(※8)、突然頭をガブリッツ!と噛まれてしまったのだ。
犬の虫の居所が悪かったのか?それとも僕の居所が悪かったのか解らない、でも僕を咥え放さず ウ~~~ッと唸っていた。あと少しでも力が入れば、ほんの短いカゲロウのような人生だった。
ジョ~ンのお陰で有給休暇をもらい、お見舞いの品々が沢山届いた(注:焼いたキュウリは無かった)。僕は良いも悪いも経験した、でもこの後僕は大型犬には近寄れなくなった。
※8:ジョ~ンの側の地べたに座り込んでビー玉で遊んでいたように思う。立とうとしてバランスを崩し、倒れた後ろがジョ~ンの顔あたりだったのではないかと思う。

 1958年 小学3年に上がる春休み、大阪市天王寺区細工谷で暮らすようになリ、困ったことが一つ起きてしまった。
それは父の兄、貞明の伯父さんが番ケン?僕の見張り番んなんか!そう番犬として秋田犬(成犬)を飼いだしたのだ。やっばぁ…、えらいこっちゃどないしょ!。
名前は鉄腕アトムからいただきで『トム』と名づけられた。タイム! 今な貞明伯父さんの声…しっ! 「冒険が好きで一日中遊びほうけちょるケンボウに似とるさかいトム・ソーヤじょして。」←和歌山言葉解りますよね。
あっマッちゃん(※9)が違うってトム&ジェリーやゆうてる それとむアンクルかクルーズはまだ未だ先、もうええは。※マッちゃんは伯父さんの次女、従姉妹でお姉さんがミッちゃん 長男はトシちゃんと言う。ちなみに貞明伯父さんはですね、ドクターことケイシー高峰に西川清さんを混ぜて攪拌した感じの人~これピッタリや無いか、なのにお嬢は二人とむ美「やめなはれキヨシさんに失…」分かったよ、でももう遅いぜ。
まぁとにかく犬の呼び名でアレコレ熱くなっていたようである。

 トムの家は、貞明伯父さん特製新築一戸建。僕でも入れるくらいのフローリング・ワンルームなのに、何時も出たり入ったり落ち着かない犬だった。
でも今思えば、重い鎖で繋がれていたから仕方がない。僕は毎朝この犬小屋の前を通らなければならず、トムは僕の顔を見るとウ~~~ッツと低い唸り声、すでに番犬としての能力を発揮していた。
だから学校に出かける時は毎朝命がけ(大げさなんだから)。トムが寝ていそうな間に犬小屋の前を駆け抜ける!すると飛び出してきて「ししまった!遅かったか」と言いたげに異様な顔をする。
その性か何時まで経ってもトムと僕の冷戦状態が続いてしまった。そうだ今気付いたんだがトムは唸るだけで、一声も吠えなかったように思う、と言う事はもしかして…。

 トムのご飯は何時も魚の骨や味噌汁の木枯らし紋次郎定食。そうぶっ掛け飯である。食欲は旺盛だった、しかしいつもなんとなく物足りなそうな顔をする。別に不味くはないと思うんだけど。
他に何か食べたい物があったのか、もしかして味噌汁はあまり好みではなかったのか。そうだきっと好物ではなかったのかも知れない。

 当時犬の飼い方と言うお手本はなかったと思う。だから犬を散歩に連れて出るという飼い方ではなく、町内では専ら放し飼いか鎖に繋がれっぱなしかの何れかだった。
トムもジョ~ンも何時も繋がれたまま。この二匹の犬の散歩と言えば鎖の長さの往復だけ、だから極度の運動不足だったと思う。思いっきり走り回りたかっただろうなぁ。 
彼らの食生活と言えば犬や猫にあげる特別な餌もなく、好き嫌いなど贅沢な事を聞いてあげる事が出来る時代ではなかった。
後年何かの情報番組で、玉葱は犬に食べさせてはいけないモノだと聞いた。でも本当かどうか、僕は今でも分からない。
そこで、森本洋服工場(※9)の住み込みの職人さん達の郷里が問題になってくる。それは淡路島、その特産品と言えば玉葱。それが大量に届く、したがってタマネギの味噌汁が定番になる。 
そうだなぁ、家庭でタマネギやキャベツなどの野菜炒めを食べだしたのは、もっとモット後だったように思う。とにかくタマネギは味噌汁か肉じゃが、それとカレーと言うほとんどが煮物。
運動不足が原因だったのかストレスだろうか。それともやはり玉葱が良くなかったのか、トムを早死にさせてしまった。トムごめんなかんにんな。今頃弔っても仕方ないか。
※9:当初父と貞明伯父さんの二人でやっていた洋服製造業が波に乗り、工場拡張と住み込みの職人さんを受け入れるための大きな建物を建てた。トムは工場のセキュリテイ担当だったんだ。

 ジョ~ンに噛まれたが幸いにも狂ケンボウに、いや狂犬病にはならなかった。
頭の傷も癒えないと言うのに遊びはやめなかった。旭南通り地蔵広場の隅にコインほどの小さな穴を見つけた。考えるより手のほうが早い僕が珍しく考えた?うん…何か獣の気配がする。
でも、考えるよりやってみないと解らない。躊躇なく人差し指を突っ込んだ突の然!何かが僕の指をガリッと噛んだ、噛んだがこの時はすぐ放した!何かいる一体何者なんだ。
血が出た指はズキズキ痛む。通りすがりのオバサン片言の日本語で「イタイカ」と言いながら、足下の土を摘んで人差し指の傷口にこすり付けた。このオバサン「スグナオル」と言って消えた。
お母ぁちゃんに話すと唇を震わせ激怒した(※10)。直ぐに洗って赤チン(※11)を塗ってもらった。傷口に土、今考えたら怖い話であるが破傷風にはならなかった。
でも、セミの抜け穴が今でも怖い、みなさん小さくて暗い穴には充分気を付けましょう。
※10:母が唇を震わせたのは、怪我ばかりしている僕への腹立ちだったと、今になってそう思う。 いつの間にか消えた傷薬赤チンはヨードチンキとも呼んでいた気がする。
ヒジ・ヒザ・スネ・オデコ・ホッペ・手足などなど、赤チンはガキ大将の日の丸元気旗印。
※11:赤チンがあるんだから青チんあってもいい、え!あるんですか。でシロとクロは?へえーそうなの。

 ココ大阪に来てもやっぱり吠エラニアンがいた。冬窓閉めっぱで、たいして気には成らなかったが、春から夏にかけ吠える吠える。もしかしてあんたも奈良から、と思うほど。
何で啼きはる鳴いてはる。ねぇドリトル先生、あの犬はなんて啼いてるの?「私関西弁犬語わっからなーい」よく言うよ。
犬が鳴くと言うか、この犬はヒステリックにわめき騒いでる。寂しいのか散歩に出たいのか、それともお腹を空かしているのか。何れにせよ犬が気の毒になるほど、鳴いて血を吐くホトトギスになっちゃうよ。
HEY! YOU SITTING IN THE DOCK OF DOOG。 でね近隣の方もうるさいと言うので、代表で警察に通報しました。キザですかね、僕は飼い主がまだ若いという犬が心配で電話したんです。
で、念の為に最後に一言お断りをしました「来ていただくとよくあるケースで、泣き止んでいる事もあるかと思いますが」。
すると受けたご年輩のお巡りさん「そうですな、よくある事ですは、喧嘩や言う通報聞いて行ったら、仲よう肩叩き合ってる事が多いんです、今行かせます」話のよーく解る人でよかった。
5分と掛からないでやって来たのは若いお巡りさん。そして「一声も鳴いてもいませんが」って、だから言ったじゃぁないのったくABCXYZ。「ってどう言う意味でんねんそれ?」これはオイラの口癖さ。

追伸:えらい事ですよ、吠えエラニアンの声に負けじと、今度は吠エマクルニャンのお出まし。この子も朝からミーミーニャーニャー泣きっぱ、静なのは多分オッパイ飲んでるときだけ。
野良猫はやっぱり野生に生きる獣。合体お相手をゲットするにも命がけ。めでたく相手が決まれば夫婦春秋出産するんだね。 でもね、野良の子猫が成長して大人になるのも命がけなんだ。
それは育児放棄された子猫ちゃんもいるようだけど、やっぱり大敵は病気かな。猫だって風邪や潰瘍や感染病で倒れるんだろうな。自然淘汰なのでしょうか、まぁあんまり野良が多いのもネ、猫の話は又ね。 

⇒間もなくチャイムがなり授業が始まった。さすがっす、寂として咳払い一つ無い。
起立!礼 着席したのは後ろから2番目、タケボンの隣。ほんとうにダレも僕には気がつかないようで、おまけに目が会った先生まで。
その時間の授業は国語だった。何処にでもある教科書をリレーで順に読と言う授業内容だ。
タケボンの前の生徒が指名され、タケボンが「こいつなぁ○×やねん」と小さく囁く。
指名された生徒はなかなか立ち上がらなかったが、先生が「どした早く読め!」ときた。
ようやく立ったが、読みだす気配が一向に無い、暫く静寂な時が流れた。
どうやら題字が読めないらしい。やっぱり○×なんか、こんな▽×僕でも読めるのに。
するとタケボンが小声で「さ さるや」。一呼吸おいてやっと出た一言「さるまた」~と来たものだから教室は大爆笑。やっぱりタケボンは人を笑わせる天才だった。
本当の正しい本題、分かりますよね。同じ「けものへん」ですよ、では又。