第一章 故郷の話をしよう

一、誕生と背景

挿絵
 想像すらできない…2500年以上の大ぉ~~~~~昔、古代インドの釈迦族に誕生された太子は、『我こそ最も尊い聖者なり 世に満つる諸々の苦しみを除くものなり』と、もちろん古代インド語で仰せられたと云う…すごいなぁ。
僕はというと…夜明け前 暗く短いトンネルをスルッと通り抜けると そこは和歌山だった~で、第一声はたった一言「ギャー!」トルズなんだ。

 1947年4月13日(昭和22年)未明「ちーてけな お男の子じょして」~「ほんまかよ」(この会話は~小さな男の子が生まれた、と小西ケメ子と産みの親の会話である)
「お前はな、オシイレで産まれたんや」と言う父が描いた僕の故郷の家は~意外にも高い山が後ろに聳え立つ崖の下の一軒家だった。
和歌山県有田郡花園村押出(おしで)は有田川上流、北方は金剛山を、そして南には護摩岳と言う深山霊谷な山奥である。 
そんな環境だから 山岳信仰や竜神信仰をしていた先祖が多い、と父からタコが耳に吸い付いたほど聞いている。
中には自らが修験道の厳しい修行を重ね、特殊な「神通力」を得た方も居たと言う。神通力ってどんな力なんだろう…神・仏に通じる力なのか。
救いを求めて来る人の悩みや相談事を一身に受け、神通力を維持し、更なる向上の為 日々の修行は筆舌に尽くしがたいと聞く…。

 …本籍は和歌山市4番町5番地だった。いろいろと面倒で東京在住時に品川に籍を移した為に、記憶の中の本籍でしかない。
三つ子の魂百までも などと言う古臭い例えもあるが…2、3歳の頃、兄に背負われ、有田川上流の山岳渓流に釣りに連れて行かれた淡い記憶がある。
兄は何度も辺釣りをし、垂水の上のさらなる良いポイントに行きたかったようだ…背負われた僕の首が前後左右に大きく揺れ辛かった。 
左眼下に 蒼く透き通った流れが見え隠れしている…その谷の底から例えようの無い香りが立ち昇っていた。
今思うと滑り落ちることも無く、無事で良かったと思う…兄がココまで危険を犯し、渓流魚を求めたのは釣りを楽しむだけでは無かったようだ。
釣れた魚は干され砕かれ粉になり、重湯に混ぜられ僕のお腹に入って骨となった、おそらく…山奥でミルクも買えなかったのだろう。

【天使の囁き】
~この世に人として生を受け、日々何事もなく暮らせるという事 さらに仏法に巡り逢えるチャンスはそんなにたやすい事ではないのです~
~もしもこの星が “猿の惑星だったら” どうなっていたか…この地球に生まれて とても “幸運” です~