2013年 7月

二、いい加減

巻き寿司

 今年のタイガース何か違う…元気ハツラツ~オロナミンCでも呑んでいるんやろか?いいや!選手一丸となって野球を楽しんでいる。こう言う時が優勝へ~アタックチャンス!そうなんやけど夏場のアウェイで、甲子園アケッパがねぇ…いや!今年は大丈夫。
話は変わります、皆さん普段何も脳裏にない事なのに、時々ふと思い出す事ってありませんか。それで、また暫くの間すっかり忘れてしまう…要は大した事でもない、ごく些細なこと…。
野球の話でまた思い出したんです…ジャイアンツファンの兄が、僕の為に貰ってきたあのサインボール。何処に行ってしまったんだろう…思い出せない、どなたか知りませんか、ウゥ~~~ウォンテット!
ジャイアンツの名戦士…まだ現役だった藤田さん、王さん、柴田さん、高田さんの寄せ書きサインボール(※1)。え?何で長島さんのが無いのかって…なんでやろ?赤井さんご存じないですか。
ま、そのうちなんとかなるやろ。出てきたら“チャンチャカチャン”応募してっと…で、このサインボール、字は体を表わすって言うのか王さんのサインが一番力強いんです。
世界の王さんですが~やっぱり中華そばがお好きなようで、東京麻布十番中華料理“登龍(とりゅう)”によくお一人で来ていたんです。その度お声をおかけしようと思いながら つい…。
ほんとうにたいした事ではないんですが、 久しぶりに思い出しちゃった…♪あのころ君は若かったぁ~それでも君が望むなら~お話させていただきます。
※1:僕が高校時代だったか、当時大手某繊維会社が紳士服の製造販売に本格的に乗り出した。そしてこの企業の広告宣伝部に居たのがデザイナーの兄。
春夏モノだったか?スーツの広告を打つために、兄がジャイアンツの名選手4人をモデルに選び、事が運んだ。そしてモデル撮影時、4人に書いてもらったサインボール。
長島さんは…未だセコムしていません~たぶん!素振りで忙しく、モデル交渉が空振りに終わったのかな…。

 長~い夜、朝まで仕事頑張ってイラストの納品に行ったときの話…たぶん1973~74…5年だと思う、でも全くの思い違いかも知れない…。
初夏、東京中野からスバル1300Gで文京区本郷にある地図出版社に出かけた。野方を11時に出発。徹夜明けだったが眠気は無く、快晴でとても心地よいドライブだった。
新青梅街道から目白通り、道は空いていた。飯田橋から外堀通りを水道橋に走った。水道橋の交差点白山通りを左に曲がると後楽園球場(現東京ドーム)、車はスピードを緩め外野側?ほぼ満車のPに入った。
黄色い腕章の係員に左へ誘導され車を止め、車を降りて熱気ムンムンの球場をあとに本郷の坂を歩いた…こちらは打って変わった閑静な住宅街、右下に黄色い総武トレインがのんびり走っている。
イラストを編集部に納品し、K社長やY営業部長と長々駄弁って昼過ぎ一緒に遅いランチに出た。
ランチはいつも『カツ吉』と言う後楽園球場の向かいのトンカツ屋。何時ものようにビール飲んで、あの時は珍しくヒレカツ食べて…また駄弁って…3時か4時過ぎていたのか。
 
 社長から「もうすぐ終わるから今晩どう」って誘われたんだけど、車だし徹夜明。揺らぐ心を断ち切り、その場で別れて駐車場へやや千鳥足。
それで車に近づいたら、ルーフが丸ぁ~るく凹っこんでるの…おっかしいなぁ、隕石じゃぁない…。係員は“ボッコン”って音がしたって…ただ凹こんでるだけで傷はない、まぁいっか。
という事で、家に向かって青梅街道中野坂上の信号待ち。信号が長く西陽が眩い、は!ッと気付くとチョイ居眠りして、前のダットラのバンバーにコッチンコ!優しそうなオジサン「居眠りしてちゃぁあぶねえよ」だって、いってぇ?今日はどうしたってんだ…。
でも傷は無いのは何故?…気を取り直し環七2kmほどフルスロットル。セカンドは伸びるが1300GなのにGは…全くかからない。

 その夜、眠気眼でナイター中継(※2)かニュースで知ったんだけど、ワンちゃんデイゲームで場外ホームラン打ったんだって!うっそぉ…そしたらあの凹みは王さんの!ホホームランかいなホンマカイナ、夢とちゃうかいな~そんなナボナ?ナボナはお菓子のホームラン王。
でも“ダイレクト”で当たったようには思えない、多分何かに当たってバウンドした後にボッコンしたと推測…後はサントリーホワイトもう一杯やって、水平対向2気筒で爆睡!ガルルルル…今日の僕は何か一日変則ダブルヘッダー。
西荻スバル営業所の担当者曰く「この凹み自然に治ります」…だって“さだ治”って、しんど~この営業所の若いお方関西人かいな?
結局、彼の言ってた通りに凹みは夏の終わりに自然治癒しました…。伸びてチジンでまた伸びたのか…でもチョッピリ残念…。何がって、話のネタが消えて僕が凹んだよ。
待てよ…あの駐車場の係員、肝心のボールはどうしたの?でもあの凹み…王さんの打ったボールかファールボールかは僕には解らない…ほんと今でも謎。
※2:当時は“ダブルヘッダー”と言って同一カードが、午後と夜の二試合あったんだ。野球ファンにとってはまさに野球漬け、夢のような話でしょう。 変則って?…調べてチョーダイ。

 そろそろ本題にもどれって…はい!
1950年(昭和25年)夏の終わり、やっと大五郎と同い歳…父の帰りをひたすら待つ幼子だった…初夏の昼下がり。知らず知らずのうちに、木登りをおぼえて、裏庭のイチジクの木に登っていた。
そこからカワヤの屋根に這い上り、何かに押されるように、さらに屋根を登った。瓦が熱く、エリマキトカゲのように交互に手足を上げながら夢中に登ったようだ。
屋根のてっぺんにまたがると もわぁ~んと熱気がたって、とても気分が良かった…やがて、知らず知らずのうちに記憶が途切れた。

 数日後、井戸端に人垣…大人が大勢新聞囲んで、なんか騒がしい、何かあったんか?よーく見るとその人陰の玄関先から田中のお婆ちゃんが僕を手招きする…あ!お小遣いでもくれるんか…それ!
この時、5軒先の井戸端まで無意識の中に、生まれて初めて走っていた…。なんや!た易い御用や~巻き寿司を頼まれまた走った、下駄履きで、大して早くは無かったと思う。
それからは2、3日に一度、500メートルほど離れた寿司屋に巻き寿司(※3)を買いに駆けた、時々転んだり休んだけど。
帰りは歩いた。戻ると必ず「ほらアーして」と端っこの一切れをくれる。でも僕は、おかあちゃんの巻き寿司のほうが好きやった。お寿司屋さんカンニンな。
息子さんがいたようで、たまに会いに来ていたがほとんど一人暮らし。自炊も出来なかったのだろう、母も近所の人達も“おすそ分け(※4)”を運んでいた。
しかし、いつの間にか、僕の知らない間にお婆ちゃんは何処かへ行ってしまった。と同時に田中さんの家が急に寂しく鎮まりかえってしまった。
※4:おっかしいの。お母ちゃんも大関さんも高木のオバチャンも割烹着の裾で隠して持って行く~そうか!それで“お裾分け”って言うわけなんか。ほんまかいな。

 そやけど田中のお婆ちゃんな、優しい人やったんや。いつも托鉢のお坊さんが来てチィン~って井戸端でお経をあげる…僕も並んでお経をあげる真似をする。
するとお婆ちゃん、必ずお茶碗にご飯入れて持ってきはる(※5)んやけど…誰のおすそ分けやろ?
そしたらお坊さんが「梅干か塩こんぶありまへんか」って言いはる「煮物かめざし」って言いはれへん…シオラシイお坊さんやろ。
するとな、お婆ちゃん…不自由な足で玄関からどっこいしょっ!て上がってお茶と塩昆布を容器ごと持って来はる。今やったら人間国宝に認定や。まどーか解らんけどなぁ。
※5:お坊さんな、お箸は自前で食べる、終わったらお茶碗を井戸水で洗って玄関先に置いて手を合わせ…また何かブツブツ言って終わり。そや、お坊さん“修行中”は魚は食べないんや。

 時が流れ…田中さん家は改築され、広くなった玄関先は小さな工場に変身、また僕のチェックポイントが一つ増えてもた。
「どこいくんや!」松下のオジサンの大きな声が路地に響く…誰に言うてんのかなぁ、僕には関係ない。それ~!
かじりつき…小さな奇麗なガラス瓶(牛乳瓶の半分くらいの可愛いビン)が沢山入った木箱を井戸端に持って出る。この時箱の中でビン同士がぶつかり合ってまるでビン達がガヤガヤ騒いでいるような面白い音がする。
先ずはオジサンが小さなブラシでビンを洗って作業開始。洗った瓶は箱の中にさかさまに置いてある。オッチャン、おもてに出て、太陽の絵箱の煙草(※6)出して一服 …ウマそうやなぁ。
※6:『光』という両切りタバコ、あと『シンセイ』や『ゴールデンバット』…『両切りピース』、缶ピースはチョッと後やったか。『いこい』憩い…なんかもあったかなぁ…。母は光りやピースの空き箱で鍋敷きなどを作っていたが、かっこよかったと思う。

 作業人はオッチャン一人…ほんま、そんな大そうな仕事でもない。一人で洗った瓶を持って作業場に戻り、蛇口の側に腰掛ける。するともう一度ビンを水道水で洗っている…丁寧なんや。
次に洗ったビンの中に何かドロッとした液体を入れる…ZOOM ZOOM ZOO~M IN。
どのビンもほぼ均一に入る、それを汲み置きの水を柄杓で入れて薄めていたように記憶している…水3倍程の割合だったか?
最後に牛乳瓶の栓のようなもので蓋をして、軽く振りながら木箱に並べ、運搬車で何処かへ運んで行く。何処で売るんや?そうか!付いて行けば良かったのか…遅すぎるは。
このオッチャンが僕にその飲み物をくれた。初めて飲む味やったけど美味しくて感激した。その味と色の記憶は随分後で飲んだ“乳酸飲料”そのモノだった。

 この辺りはいろんな工場が点在していた 馬の整備場(※7)の向かい角には大きなラムネの製造工場があった。あのラムネの中のビー玉、何処から入るのか?今でも解らない。
ラムネの他にミカン水もある。工場の中はいつも悶々と湯気が舞い上がり、いい香りが漂っている。この工場の仕事開始は朝が早い…だが昼下がりには作業も終わる。
ココの人達は仕事が終わるとラムネなど、ビンを熱湯洗浄消毒する大きなタンクを湯船の代わりにして、一風呂浴びる…今では信じられない。レモネード湯?どんな香りか湯加減か?
この朝日南通り一帯には面白いものが沢山あり、僕にとっては町全体がまさしく“テーマパーク”で、毎日退屈することは一度もなかった。

 そうそう、長屋の近くには洋菓子工場があり、製造過程で残ったロールケーキの端切れや、壊れたり失敗したケーキ、チョコレートを袋詰めにして安く売り出す。
この文化は今でも残っているよね、“わけあり”もあるが…僕は端っこが好きだから大歓迎だった。大人も並んだが当然子供に大変な人気があり、あっと言う間にに完売する。(確か一袋30円~お楽しみ福袋)
でもねココだけの話…たまに壊れてもいない普通のケーキが入っているのは何故…それが当時の僕には不思議だったが、とても嬉しいサプライズだった。
もしかして!あのお菓子屋のオバチャンの、粋な計らいだったのかもかも知れない。子供の昔にもどって…も一度♪会いたいなぁあの人に…ああエプロン姿が良く似合う あのオバチャンにほんま会いたい。
かくして僕のB級グルメシテイ“なるほど駄!菓子”西成不思議発見の旅は始まっていた。提供は HIGH-TOUCH です。
※7:何て呼べばいいのか?厩舎では…ないか、要はGSみたいなホース・スタンドなんだけど。

※3:関西の一部?の寿司屋で一人前の巻き寿司やバッテラを“かぶり”って呼んでいたような記憶がある。
ホッかぶり、抜き足差し足はドジョウすくい。忍び足まで行くと…かぶりは折り詰めではなく竹の皮で包まれている。竹の皮で“被いかぶす”かぶるから…かも知れない。 

 起源は何時かは解らないが“恵方巻き”という言葉を耳にしたのはさほど昔ではない…なんとなく耳にしたのは1970年以降だろうか…やっぱ大昔だ。
普通 Nice One とか Good ΧΧ!と言うのは“良いモノ・コト”を表すと思うが、関西では「ええもんや」となる。だから“ええ方向~恵方”と言うことカモ知れない。
何でも縁が切れないように、切らずに食べる文化らしいが“縁は異なもの味なもの”って言うじゃない。また切っても切れないのが縁だって言うし…また考えてしまう。
ならば悪い縁は切れば良いと言うことか。つまり、縁は切って吉切らずで吉、結局どっちでも良いんだ~んなら半分こ。
それで、我が家では昔しっから丸かじり。だって手っ取り早いし美味いんだ。だけどね一口目で三つ葉がスゥ~ッと出てしまう…かと言って三つ葉を切って入れるとなんか違う。
その年の“ええ方”に向かって無言で目を閉じて口を離さず一本食べきるって言うんだけど…のど詰まらせないようにしなくっちゃ…ヒック~途中で噴出し笑いは禁。

 和風創本家 ミホコばーばんの※①海苔巻き:酢飯は甘くなく塩っぱくなく 良いさじ加減だと思う 店屋物はシャリも具も糖・塩分が多くてのどが渇くというか引っ付く~僕だけか?
我が家の巻き寿司の具は、シイタケ・干ぴょう・高野豆腐・ニンジン・ゴボウやタケノコ(季節モノ)を煮たモノ・塩味の玉子焼き・三つ葉・自家製タクワン(干しダイコンのぬか漬け)など。
全体にサッパリした味だが素材の美味さが生きている。関西の巻きは具の味付けが甘く濃いと思う…さらに、なんでしょう油付けて食べるの…いい加減にしろって~すんません。
東京麻布の寿司屋に“極太巻き”がある。海苔を2枚シャリで繋いで巻く。当然めっちゃデカ重いイ。何処にでもあるのかな?
早い話が海鮮特太巻きなんだけど、とにかく有るネタ一切合財入る。一本“目”の字~目の千(※8)(2000年当時)で、2人分を軽く越える。釣りの弁当に持って来いだが夏場はご用心。
でもコレをですよ〝恵方巻き〟風に食べる事ができるのは…誰!?     
※8:1=ピン 2=リャン 3=ゲタ 4=ダリ 5=目の字 は5画。“目の千”つまり5千円。
◎電話を受けたすし屋の店員「ゲタ千握りリャンせきまえ」「アイよっ」と板場が応える!“3千円の握り2人前急ぎで!”と言う出前である~いそぐ事~セキ急ぐ~せきこむ~せき前。 お寿司屋さんの裏言葉って面白いなぁサビ助。

WELL SIDE STORY IN OSAKA WESTSIDE
 
 町内の井戸はただ水を貯えているだけじゃぁない。
今では井戸も数少なくなりあまり見られない光景だが、井戸端で面白おかしく延々と繰り広げられる“世間話”のステージ。井戸端はオバちゃん達の憩いの場、情報交換の社交場~ゲタゲタ笑っているかと思えば急にヒソヒソ話で顔つきが一変する…この時の話がDゾーンで要注意、中身はとても危険である。
井戸はそんな“世間話”の甘いも苦いも、辛いもショッパイ話も、全て黙って飲み込んできた…だから雨にも負けず風にも負けず冬の寒さや夏の暑さにも負けず、不平も言わず冷ややかに、いつも静かに笑っている。
井戸=Well 井戸端=Well side 井戸端会議=Well side meeting じゃぁない。
へぇー英語って難しいな。
a Housewives’gossip なんだって。Housewives=裁縫道具の箱か…!針山の事?gossip=噂話~人を針で刺すような、心耳に痛ーい噂話…英語って奥が深いんだ…井戸みたい。
 
 アキちゃんお願いします~♪人の噂は怖くはないが やつれた貴方の涙が怖い…だって…very well=アキちゃんお上手!このネタで漫才できそう。

 僕達長屋族にとって欠かせないのは井戸、それは町内に訪れる人たちにとっても欠かせない大切なオアシス~YOU WEL – COME TO OUR WELL SIDE…で通用するのかな~ようこそココへ。
夏は冷たく冬暖かい井戸はいい水加減です。そのメカニズム…?僕には不思議でした。夏の真っ昼間、暴れまくる遊びの合間に飲んだ井戸水はいい冷え加減。本当に旨かった。
でも生姜アメやミカン水、それにラムネのほうがもっと旨い。それは当たり前田のクラッカー、これ止まらない元祖 ビールにいい塩加減~たまに無性に食べたくなる!まだあるのでしょうか?
ラムネと言えば父を思い出す~どうして?ってね、普通プッシュって押し抜き栓でやるよね、ところが父は人挿し指でやる~意図も簡単に、これを一気飲みする!何で出来るの?
さらに!ビールやサイダーの栓は栓抜きではなく割り箸でスポン!と開ける…やってみたがどこかが違う。開かない…開いたのは僕の口。

  アーなんだコーナンだ それでどーなんだ

 ムグ ムグ グビ~ップッファ~っと 旨いんだなぁコレが。今モルツやってて思うんだけど~どうでも良いんだけど、でも♪俺の話を聞け 少しだけでも聞いいてチョウダイ!
ビールは瓶ビールが旨いなぁ…やっぱりラガーが好き、けどモルツも旨い あ!あの緑色のニクイ奴~ハートランドもメッチャ良い…でも今はもう~!たしかダイエーにあったはず。
それでねぇ、蕎麦屋とか大衆食道なんかでビール頼むと普通の小さなコップ持ってくるでしょ…で僕は“チュウハイ”用の大きなグラスを頼むんです「あの~すみませんが」って。
すると変な顔されるんだけど…ビールはある程度大きく深いグラディスでナイト…いま『夜汽車よジョージアへ』聴いてんの~ごめんね。
大きく深いグラスでないと“おいしさ”を引き出せないと思う~よし!こうなったらとことんいきます。

 ビアグラスの大きさはビール通にとっては、とても重要なメンズファクターだと思う、もちろん深さもね。缶ビールだったら500mlをついで泡3~4cmで入りきるグラスが良いと思う。
本当は僕好みのビールの冷やし加減やアワ加減…注ぎ加減がある、だから自分で注ぎたいのよね~さぁどーぞって、僕にはいりません、勝手にやります。
基本的にジョッキーは好きではない…何故か?取っ手がとっても邪魔~取ってチョーダイ~僕は薄いグラスがいい、指先で冷たさを実感しながら、さらに色を楽しみたい。
黄金色の透き通ったビールの色が好き、だから江戸キリコや♪赤いグラスに曇りガラス~陶器・金属製のジョッキなどなくていい~!いい加減にしろってか はい。

 どうにか三ツ矢サイダーを飲める身分になった真夏、タカトシ君と掻き氷にサイダーをかけ入れ、ミゾレ状を一気に飲む~体の芯まで冷え、身震いするほどの冷え加減。
僕もタカトシクンも舌が震えロレツが回らない…しゃへるほろはへひはい…。
そんな掻き氷に合う飲み物をタカトシ君といろいろ試したが、やっぱり三ツ矢サイダーが一番グー。コーラやスプライト、ラムネじゃぁ駄目なんだ、何故…何か出てコイゼョ!~
早速お出ましにならはりました!ありましたよ~身の毛もよだつ凄いシャーベットモノが…これはえげつないですよこれは。
ブレンダよろしく~♪I Left My Heart in San Francisco
チャイナタウンから 夜霧のハウスマヌ…完