2013年 5月

二、ドチクショぼしやぁ 

挿絵

 東京港区麻布十番『平尾昌晃歌謡教室』そのビルの非常階段の踊り場で生徒達が“発声練習”僕もそれに合わせて事務所から
あワン・トウ~「あえいえあえうおあえいえお」こんな感じ~ハイもう一度「あえいえあえうおあえいえお」コレを延々繰り返す…けっこう疲れる。
父の大好物「スモモもモモもヤマモモもモモのうち」意味無いんだけど…でも、最近ロレツが回らないので独り言でやっている~何故か舌の回りと気分が良くなる。

 ♪今頃は丘の畑に~桃の実が赤くなるころ(本当はヤマモモの実)~遠い日の夢の数々…僕が生まれた和歌山のミカンの実はまだ青かった。
和歌山に不思議な思い出が一つある。確か小学校に上がる前後、2、3度母に連れられ郷里に行った時の小さな日記…。
生まれたのは確かに押出なのだが…幼い頃の僕の記憶の家はむしろ花園村にある。
親戚に当たる小西長兵衛と言うジイ様が、押出からやや離れた花園村山中にある小西の実家を一人で護っていた…たぶん。
両親の話だと、小西家はミラクル冗談連射~ハチャめっちゃオモロ~一家で、一旦舌が転がりだすとお腹は捩れ涙が出るまで~もう誰にもと止められはしない。
我が方も負けず劣らずであるが~とにかく何処まで本当か嘘か解らないことを真顔で言う…このDNAが脈々と流れている!
長兵衛の妹はラク(僕の祖母)、次女はケメと言う~このケメさんに初めて会ったのは大阪で、小学4年生の頃だが とにかく人を笑わせるのが上手い。
僕が花園村で長兵衛ジイ様に会った時は既に70を過ぎ腰も曲がっていた、でもどうにか自給自足生活を営んでいたようだ~そんな小西の実家で…。

 ジイ様が僕の手を引き竹で組んだ裏戸から畑に出た、そこで「うらぁ(自分の事)ダレにも話しちょらんが」とマジ顔でこんな話をボソボソと始めた…あやしい。
裏の畑に池が二つある“上段の池”は未確認だが父はあると…その二つの池は高低差1メートルほどの段々になっている…そして下の池には主の大鯉が一尾居ると言う。
ジイ様の指さす先を見ると、確かに大きな黒い陰が水面下をゆっくり動いている…で、この池の主が雨上がりには必ず上の池に居ると言う?!
つまり段違いの二つの池を行き来していると言うのだ…上と下にある池だから水面の高さは当然違う~なのに何故。
聞かされたその時は意味も解らず「鯉が居る そーなんや」と軽く流した話が後に…サイホンの原理だとありえない、でも もしかして?…いや!そんな事はありえない…。
雨で増水した時に這って上った…?それとも滝の様な大雨!でも池の淵は大きくエグレている…いやいや、この話は長兵衛さんの粋な洒落という事にしておこう。

 池の周りの畑には、ジイ様が精魂込め育てたキュウリやトマト、ダイコン、ハクサイ…金柑やスモモの木~それに真っ赤で甘いグミの木とヤマモモが僅かだが大粒の実を付ける。
この山の幸は長兵衛さんにとっては大事な大事な“食料”。なのに僕は小さなキュウリを全部もいで食べ「このド畜生坊子!」と叱られた。
でも僕はこれを機にキュウリが大好きになり、家族から「キリギリス」と呼ばれた~でも僕は“焼いたキュウリ”のほうがもっと好きになった。

 ミステリアスな話の後、ジイ様が ほい!と低い枝からもぎ取り僕に手渡してくれた青いミカン~それを割ってくれた時…あたり一面に漂う新鮮な香りと味は今も覚えている。
その夜…僕がこの世で遇い難き守護神に、まさか遇うことになるとは“夢”にも思わなかった…『銭のないやつは俺んとこ来い』に~つづく。